忘れられた戦場で

とあるブスの身の上話

後編・シスターフッドの外側で

前編・シスターフッドの外側で - 忘れられた戦場で

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ここでもうひとつ、見過ごしたくない発言がある。
以下は、【反性売買派】の別の元風俗女性による発言だ。

「性売買に反対する経験当事者がブスとは限らない※大意」

※特段の不快感を抱くような内容ではないけど、たぶん、これの何が問題なのかわからないという方がいらっしゃると思うので取り上げてみます。

性売買に反対する経験当事者がブスとは限らないのは事実だが、それをわざわざアピールしたくなるのは何故か?
それは「稼げなかったブスが腹いせORやっかみから性売買を批判している」と揶揄されることを怖れて、あるいは実際にそう揶揄されるため、そうではないと対抗したくなるからだろう。
つまり、この発言には「ブスが反性売買を提唱しても、腹いせORやっかみが動機だから説得性を欠く」というニュアンスが含意される。

私は十五年前に反性売買派の経験当事者として、声を上げかけて遁走した前科があるのだが、まさに上記のような理由からだった。
私の立ち位置から性売買を批判すれば、ブスのやっかみとしか見なされず、却って反性売買の灯し火を吹き消してしまうことになりかねないと思い身を引くことにした。
また、同じ志を持つ方から「使えない当事者」認定されるのも怖かったし、自分でも使えない当事者だと思っていた(※風俗経験がないせいもある)。

ブスの私でもそう思うのだから、実際にブスでない経験当事者が「私はブスじゃないから一緒にしないで」と言いたくなる気持ちは痛いほどよくわかる。
それだけ、ブスには発言権がないからだ。

だけど、ブスだからといって、(当然ながら)やっかみや腹いせから性売買を批判しているわけじゃない。
ほかの売春女性たちと同様に、性売買が性搾取で人権侵害だと自身の経験から確信しているからこそ批判している。

そもそも、ブスに発言権がないのは、ブスがそれだけ差別されているからだ。
「ブスは腹いせORやっかみで性売買を批判している」という差別的な論法の上に乗っかって「反論」を展開しないでほしい。
その前提自体が間違っているし差別そのものだからだ。

それから、この論法の有害性は、むしろ反転させたときのもう一方の面にある。
性売買経験者の顔の美醜が主張の正当性を左右するという「差別的なモノサシ」に迎合してしまえば、美人(や人気嬢)であることが反性売買を謳う経験者の「ステータス」として機能してしまいかねない。
美人で稼げていた当事者が「にもかかわらず」反性売買を標榜することが、その説得性と正当性を担保することになるなら、一部のかぎられた当事者しか声を上げることができなくなってしまうし、何よりその価値観は当事者間の階級差を生み出しかねない。
実際にそんな規定や規範が明文化されることはなくとも、そういう空気が醸成されてしまいかねないのだ。

「北欧モデル」やそれに準ずる人権的見地からの廃止論は、当事者の選別や階級化とは相容れない理念のはずだ。

***

ここまで【反性売買派の経験当事者】に限定して、その発言とそれに対して私が思ったことを書いた。

実のところ、「反性売買派」で括らなくても売春/風俗女性にはブスを蔑視している人が多いし、「売春/風俗女性」で括らなくてもブスを蔑視している人は多い。
では、なぜ私が【反性売買派の経験当事者】にこだわるのかというと、現在の【反性売買派の経験当事者】の動向が、今後の日本における反性売買運動やそのコミュニティの方向性を決定づけることになるからだ。
それに性売買を女性への性搾取としてとらえるならば、必然的に「反女性差別」の性格を帯びるし、そうあって然るべきだと私は思っているで「取り残された女性」を出してほしくない気持ちがある。

風俗や売春経験者にはトラウマ体験を抱える人が多い。
さんざ辛酸をなめてきた女性の「多少の」問題発言を、逐一とがめるのは忍びないし、重箱の隅を突くような真似はしたくないとも思う。
だけど、「多少の」発言が「多少」ではなく「重箱の隅」でもない、そんな女性たちがいることを知ってほしい。
辛酸を舐めてきたのは顔が醜い女性も同じだ。

逆境的な体験をしてきた人たちのコミュニティ(クラスタ)では差別や序列が発生しやすい。
その内側で差別される女性たちは、さらに劣位に置かれた存在だ。
それを弱者女性同士の小競り合いぐらいにしか捉えていない人が多いと思うが、けっして横並びの関係ではない。
「しょうがないね」「次行ってみよう」で済ませてほしくない。
女同士であっても権力勾配に基づいた差別が発生している状況だと認識を改めてほしい。

最下層にいる女性への差別を放置してしまえば、そのうち、それは大きな歪となるはずだ。

***

顔が醜い女性の実態はほとんど表面化していない。
当事者が声を上げないからだ。
もしかしたら、ブスの実態を知っていると思いこんでいる方もいるかもしれない。
だけど、それは幼い頃から触れてきたテレビや雑誌、マンガのなかの「架空のブス像」にすぎない。

真に醜い女性たちは、人生の早期から日常的に「言葉の暴力」にされされることが多く、精神を病むなかで学力や技能を培えずに人生が破綻してしまっていることが多い。
だから、能力が足らず限られた職にしか就けないし、そもそも社会に出られなかったりする。
そんな状況下で何かを発信できる当事者は限られている。
だから、世にあふれかえっている「ブス像」を鵜吞みにしないでほしい。
それは当事者の実像とはかけ離れたものだ。

そして、当事者が声を上げることができない一因には、同じ女性からもブスが白眼視されているから、というのがある。
前述の「ブスのまんこ~」「ブスとは限らない」という発言もそうだが、ナチュラルに蔑視されているからこそ、なかなか声を上げることができないのだ。
仮にあなたが女性だとして性被害を告発したときに、同じ女性が味方になってくれない状況を想像してみてほしい。
それはわりとブスにとってはリアルに起きていることで、弾き出されたシスターフッドの外側で「しょうがない」と諦観の境地に立って眺めることしかできないのが現状だ。

だけど、声を上げないからといって、何も見ていないわけじゃないし存在していないわけじゃない。
当時者はそこにいる。

今回、私はそれを示したくてこのような文を書いた。

***

ここまで、冗長な文章にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

以下も、併せてお読みいただければ幸いです。

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