忘れられた戦場で

とあるブスの身の上話

女性差別の震源地 3/4

※当記事は性被害に遭われた方にとって、好ましくない内容を含みます。
あらかじめご留意ください。

今回から、二回ほどツイッターに関する記述となります。
ツイッターのほうは見ていない方もいらっしゃると思うので、説明を交えながら書きます。

私としては書くのが非常に怖い内容なのですが、次回のほうで総括する予定なので、あわせて最後までお読みいただけると幸いです。

***

「ほかのマイノリティにブスと同じことが言えるのか?」
「なぜ、ブスに対してだけ、“コレ”がまかり通っているんだ?」

だれかの差別的言動にふれるたび、薄暗い気持ちを抱えながらそう思ってきた。
だけど、長年それを「しょうがない」と当たり前のように諦観してきた。

ブス差別を差別だと思っていない人が大半の世の中で、一体どこのだれに何を訴えればいいのだろう。
警察にでもいうか?マスコミに告発するか?女性団体に切々と訴えるか?
その人たちだってブスを見下しているのだから、どうしようもなかった。
だから、すべては「しょうがない」ことだった。

そんな「しょうがない」に疑問を持つようになったのは、つい最近のことだ。
そうして、それまで完全スルーしてきた他者の発言が、いちいち引っかかるようになった。

差別は人が人に対して行うものだ。
不可抗力ではないし運命のせいでもない。
「しょうがない」は、全然しょうがなくなんかない。
この世にしょうがない差別なんてひとつもない。

そうでしょう?

だけど、“気づいて”からも暗澹たる気持ちだった。
なぜなら、ブス差別を「しょうがない」と思っているのは、ブス当人だけでなく世間の人も同じだからだ。
被差別側の「しょうがない」は“自分のせい“だが、差別者側の「しょうがない」は“被差別者のせい”と同義だ。

ブスは差別されても何も言い返さず、自身の属性を二の次にしてでも全方位に遠慮し、ほかのマイノリティや社会問題の邪魔にならないよう、隅っこのほうで大人しく「順番待ち」をして然るべき存在。
それがブスの定位置だと、みんながそう思っている。

だから、ブスが反旗を翻したときに阿鼻叫喚となる。
「ブスのくせに」と。

当然そんなポジションを定位置とされること自体が差別そのものだ。

前置きが長くなったが、ここからは「マイノリティ女性のなかのブス」をテーマに、女性による“わかりにくいブス差別”について、具体的な事例をもって考えてみたい。

***

先日、ある女性のツイートにふれ、心にひっかかりを覚えた。
“ブス”に向かって「精神論」と大差ない言論を振りかざしていたからだ。
その方が性被害者だったことから、私は以下のようなツイートをした。

性被害に遭われたある方が、ブスには精神論ふりかざしててつらすぎる。
私も性被害者だけど、性被害者に向かって精神論を説こうとは思わないよ。
だって、被害者の責じゃないしセカンドレイプでしょ。
それがなんでブスだとOKだと思えるの?
その振る舞いは差別だよ。

ツイ消ししたため正確には覚えていないが、だいたいこんな感じだったと思う。
本当はもっと長ったらしいツリーで、女性自身が持つ両者への意識のちがいについて書こうとしたのだが、ツイート数が10を越えそうになった時点でやめた。
それらをひとつにまとめるため一人称視点に切り替えたところ、上記のようにだいぶ差別的な内容になってしまった。
この発言のダメなところは、たったひとりの性被害者のかたの発言をもって、“性被害者”という属性を持ち出したことだ。
当事者を免罪符にすれば、何を言ってもいいわけじゃない。
これは完全に私の失言だったと思う。

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ここで上記ツイートにより、傷つけてしまった方にお詫びいたします。
申し訳ございません。
このブログはツイッターからの訪問があまりないので、ここで書いても意味がないかもしれませんが、ツイッターのほうはけっこうブロック&ミュートをされていると思われる状況なので、こちらにて失礼いたします。

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ちなみに、上記の「精神論」がどんなものだったかは、今後のブログ記事で取り上げる予定だ。
ただし、これまでの教訓から発言者の属性には言及しないし、個人が特定されることのないよう意味が変わらない範囲で、大幅にフェイクを入れることを先にご承知おきください。

とにかく、あとから自分が書いたツイートが差別的であることに気づいて削除した。

しかし、実をいうと“性被害者”と書いているそばから、ゾワゾワと悪寒が止まらなかった。
とてもセンシティブな問題で、気安く触れてはいけないという直感がきっちり働いていた。
それでも、なお頭の中の警告ランプを無視させたものが何だったのかというと、先述のように同じマイノリティ女性でありながら、性被害者とブスとでは女性の意識に大きな隔たりがあるという事実だ。

おそらく、女性には“性被害者”が引き合いに出されただけで、ゾワッと来る人が多いんじゃないかと思う。
多くの女性が被害当事者であることから、(被害の程度に個人差はあれど)少なくとも、それが「被害だ」という共通認識を持っている。
だからこそ、私も含めてゾワッと来るのだ。

だけど、これが“ブス”となると様相が変わってくる。

性被害を茶化す女性はいないが、ブスを茶化す女性は腐るほどいる。
性被害者に精神主義を説く女性はいないが、ブスの被害は精神論でもって個人の問題にまで矮小化される。
しかも、そんな精神論に何百、何千の「いいね!」がつく始末だ。
あるいは、その差別性に気づいている人であっても、ブスの被害には性被害ほどのセンシティブさはないものと思っている。

女どうしのあいだでさえ、ブス差別は差別で被害だという認識が共有されていない。
差別が自宅の壁紙のごとく背景化してしまっているのだ。

そういう意識の差異、つまり「差別意識」に気づいてほしいという思いがある。

ブスへの差別発言に抗議してほしいわけじゃない。
また、けっして“性被害”や“性被害者”を軽んじているわけではないし、貶めているわけでもない。
むしろ、とても深刻に捉えているからこそ、それを“ブス”に置き換えてみてほしいと思っている。

ブスは幼少の頃から、男はもとより女の子からも蔑まれ、ときにイジメられ、それが大人になっても変わることなく、常に現在進行形で差別に晒され続けている存在だ。
だからこそ、多くの女性が経験する被害に置き換えることで、その痛みにいくばくかの想像力を巡らせてみてほしい。
そう訴えることは、そんなにいけないことなのだろうか。

***

私の失言ツイートについては以上だが、(たぶん)そのツイートをもって当該発言者とは別の女性からブロックされていることを確認した。
ブロック自体はかまわないのだが、いくつか私宛と思しきエアリプを飛ばされていて、気になる点があったので取り上げてみる。

まず、「わからない属性は自分の属性に置き換えてみればわかる(※意味が変わらない範囲で大幅改変しています。以下同)」という趣旨のエアリプがひとつ。

削除したツイート内で私自身も性被害者だと明記したはずだが、“わからない属性”としてあっさり切り捨てられてしまった。
確かに軽度の被害しか経験していないから、より深刻な被害に遭われたかたの痛みには想像力を欠く部分があると思う。
だけど、性被害の痛み自体を「わからない」とまでされるのは、いささか心外だ。
この国で私の年齢になるまで性被害に遭ったことがない女性はほぼいないだろう。
少なくとも、私はそのつもりで書いている。

次に、「あなたも差別されたかもしれないけど~」という別のエアリプがひとつ。
性被害のほうは当事者から外された一方で、“ブス”のほうは「あなたの属性」としてきっちり線引きされる。
リアルで何度も経験してきたように、同じ女ではなく“ブス”という別の生き物としてみなされているのだ。

その振る舞いに「ブスは性被害に遭わない」という、偏見に基づく差別意識がないか自問自答してみてほしい。
と思うし、誰かのそんな自問自答のきっかけに、私自身がなれたらいいなとも思う。

***

最後に、冒頭の一文について。

※当記事は性被害に遭われた方にとって、好ましくない内容を含みます。あらかじめご留意ください。

文言は異なるが、昨今このような注意書きを目にする機会が増えた。
記事中に性暴力の描写が含まれることで、性被害者がフラッシュバックを起こすなどの危険性があることを、注意喚起するためのものだ。
その一文によって読まずに引き返したり、いくらか心の準備をもって読み進めることができる。

また、私見では「あなたの被害を軽視せず、ひとりの人間として尊重する」というメッセージが込められているようにも思う。
男社会のなかでしばしば性加害はネタ化され、その被害を軽視されてきた。
加えて、被害者の行動が責められやすく、被害者自身も自分を責めてしまいがちだ。
そういった状況下で、当事者の痛みに注視した注意書きは、当事者やそれ以外の人にも、その深刻さを周知するためのメッセージとして機能しているのではないかと思う。

 

ブスへの差別発言は、いつだって何の前触れもなく、突如として目の前に現れる。
リアルで遭遇する罵倒や嘲笑と同様に、ネット上でも鎌風のように現れては心を切りつける。
もちろん、「いまから差別するのでブスは気をつけてください」なんて、注意を促してほしいわけじゃない。

手に負えないレベルの野放図の差別発言を見るにつけ、「人ではない何か」として扱われていると感じる。
これまでに、ブス(という属性)に配慮するような潮流が、起こったことはあっただろうか?

ブスは女同士の連帯からもこぼれ落ちてきた存在だ。
直接的な加害者のなかには、男だけでなく多くの女性たちも含まれる。

せめて女性にはその苦悩の片鱗だけでも、知ってもらえる日が来ることを願って止まない。

*前回記事*

busu.hatenablog.jp