忘れられた戦場で

とあるブスの身の上話

人権とスピーチとブス

【小5か小6】

隣りのクラスに台湾人の女の子が転校してきた。

ある日、教室前の廊下で女の子たちが彼女を囲んでおしゃべりしていた。
もともと、日本語はけっこう話せるらしかった。

私は集団が苦手なので避けて通りたかったが、そこに同じクラスの友人がいたことで、なし崩し的に会話に加わることになった。

すると、台湾人の女の子が私を見て言った。

「こいつの顔、気持ち悪い」

まだ少し外国訛りのある日本語でそう言われた。
いつものように眉間にしわを寄せ私の顔を隅々まで凝視する、敵意に満ちた「人の顔」がそこにあった。
まるで自分とはちがう生き物を見るような目つき、それは私にとって見慣れた「人の顔」だった。

“こいつ”とかそんな日本語、どこで覚えるんだろう?と思った。

女の子たちは爆笑していた。
私も笑うしかなかった。

彼女は周りの女の子たちの様子を見て、どことなく狼狽しているように見えた。
「なんでこの子たちは、この気持ち悪い生き物としゃべっているんだろう?」とでも言いたげな様子だった。

私にとって女友だちの存在は、彼女のような人物からの二度めの攻撃を防止してくれるストッパーとして機能した。
普通の女の子たちと一緒にいるという事実だけが、私を気味の悪い“生き物”から、気味の悪い“人間”へと昇格してくれるのだ。

しばらく経つと、彼女は周りに合わせて笑おうとしたのか口元が歪んでいた。
彼女が私の存在に馴れるには、まだ時間が必要のようだ。

***

校庭で全校集会があった。

台湾人の彼女が朝礼台の上に立ち、全校生徒の前でスピーチをした。
テーマは「中国残留孤児」についてだ。
その様子は地元テレビ局のニュース番組で報道され、地元の新聞にも写真つきで掲載された。

残留孤児の人権についてスピーチをした彼女が、隣りのクラスの私には嫌悪感をあらわにしながら「気持ち悪い」と吐き捨てる。
顔が醜い者はこの社会からはじき出された異端の存在だ。
深刻な社会の問題から漏れ、だれにも問題意識すら持たれない。

彼女のスピーチは雲の上の出来事のように遠く感じた。

この世に痛みを共有できる人もいなければ、それを話せる人も誰もいない。
孤独だ。

まるで海の底にいるみたいだった。