忘れられた戦場で

とあるブスの身の上話

オトコ女が誕生するまで

人見知りが激しく気弱で内向的な子どもだった。

と書くと、どんな女の子を想像するだろうか。
いかにも、女の子らしくて大人しくて、すぐに泣いてしまうようなか弱い子だろうか。
だけど、私は人から気が弱そうには見られない気弱な子どもだった。
岩石系のごついブス顔&オトコ声、かつ高身長(※今は普通)という条件がそろっていたせいだろう。

また、ひどいオドケ癖があって、傷ついたときや怒られたとき、泣きそうになったときなど、それをごまかすためにヘラヘラとフザけたり、わざと攻撃的な態度をとるクセがあった。

か弱いイジメられっ子のブスというポジションは、私にはゆるされていなかった。
男の前では天敵の「オトコ女」、女の子の前では「お笑いブス」、それが私のポジションだった。

***

小一のとき、職員室にて。
一年生のなかで一番背が高いガキ大将タイプの男の子が偶然居合わせた。
クラスがちがうので面識はなかったし、しゃべったこともなかった。

私が先生としゃべっていると、その子がこちらを睨みつけながら悪態をついた。

「ふってえ声。男みてー」

知らない子から突然向けられた悪意に動揺した。
先生の前で貶されたことに羞恥を覚えた。

そして、マズイことに私はその男の言う「男みてー」を、以下のように解釈してしまったのだ。

「男の子みたいに太い声なのに、女の子らしくする資格がない」

そうして、世の男性たちが最も忌み嫌う「オトコ女」が爆誕した。

五つ上の兄の影響もあって元から男っぽい気質はあったのだが、この件を機に努めて「男っぽく」振る舞うようになった。
ガサツで荒々しい“所作”を身に着けた。
つまり、太い声を男みたいだと貶されたことによって、本物の「オトコ女」と化したのだ。
今の時代なら、トランスボーイだと思われていたかもしれない。
気が弱いなんて言ったら張り倒されそうなキャラになっていた。

***

同じく小一のとき、筆箱を新調するために、前々からほしかったイチゴ柄の缶ペンケース(ふで箱)を母と一緒に買いに行った。
だけど、ピンク色のイチゴが並んだ可愛らしいデザインに、「男みてー」な私は気後れしてしまい結局手が出なかった。
その筆箱を学校に持っていけば、「オトコ女のくせに似合いもしない女みたいな筆箱を持ちやがって」と、男からバカにされると思いこんでいた。

さらに悪いことに、私のこの勘違いは女の子どうしの関係性のなかで増長することになる。
男どうしの世界では、わかりやすく「強者は強者/弱者は弱者」に見えることが多いだろう。

だけど、女の子の世界はそう単純ではない。
権力がない女ほど「オトコ女に仕立て上げられていく」という現象があるのだ。
ブスなど恰好の的だった。
女の子たちも別段、悪気があってやっているわけではなかった(たぶん)。

例えば、ピンクのヘアピンをしていて「ピンク似合わないw」と笑われるだけでも、気が弱い子ならそっちの方向へ流されてしまう。
そして、女同士でそういうことを言われやすいのは、やっぱり気が弱い子だ。
周りに隷従して暗に求められるキャラを演じてしまうことは、たぶん誰にでも起こり得るのではないかと思う。

そうして、気づけば私は一人称「名前→わたし」への移行に失敗し、「俺」と称するようになっていた。
正確な時期は覚えていないけど、小5~6のころには確実にそうなっていた。
女の子が使う「わたし」という一人称は、オトコ女の私にとって、とてもハードルが高い呼称だった。
不釣り合いな女の子らしい振る舞いをすることで、笑われたりバカにされたりすることに敏感になっていた。

だけど、オトコ女にそぐわない「女の子らしい」ことを笑うのは、実際には女の子だけだ。
男性なら心当たりがあると思うが、男のほうはむしろ逆で、オトコ女が「女の子らしくない」からこそ憎悪と敵意を抱くようになる。
私は自分が「女」であるがゆえに、女の子の心理しかわからなかったのだ。

そんな私と男の認識が真逆だと気づくのは、もっと後になってからのことだった。